日歯連裏献金事件:検察側、立証の柱否定され…村岡氏無罪

 日本歯科医師連盟からの1億円裏献金事件で、自民党橋本派会長代理(当時)で元官房長官村岡兼造被告(74)を無罪とした30日の判決は、検察側が立証の柱とした元会計責任者の証言の信用性をことごとく否定した。法曹関係者からは「東京地検特捜部の力量が低下した証し」との指摘も漏れる。自民党は努めて冷静に受け止めるが、事件では当初から橋本龍太郎元首相らの責任を問う声が少なくなかった。検察側の描いた事件の構図の是非が改めて問われている。【松下英志、佐藤敬一、小林直、三岡昭博】

 ■「落ちてない」

 「最近、特捜部の調書は臨場感がないと思っていた。来るべくして来た判決だと感じる」。あるベテラン裁判官は、こう打ち明けた。

 元会計責任者の滝川俊行元被告(57)の証言の信用性が最大の焦点だったが、東京地裁は▽記憶喚起の過程が不自然▽重要事項に関する供述に変遷がある▽供述内容自体が不自然−−とその信用性を否定した。

 一般的に法廷で供述内容が変遷することはあるが、それでも信用性が認められるケースは少なくない。前提として、法曹関係者は「調書の細部(ディテール)が持つ『厚み』が必要」と指摘する。「机の上に何があったとか、朝に誰とどんな話をしたとか。構成要件以外の話が最近の調書にはない。一言で言うと『落ちてない(容疑者が本心を明かすしていない状態)』という調書が目立つ」(ベテラン裁判官)

 今回の判決で象徴的なのは、橋本元首相の元秘書の証言の信用性を否定した論拠だ。元秘書は、滝川元被告とともに幹部会後、日歯連へ領収書の発行を断りに行ったとされる。

 検察側は元秘書の証言を、滝川元被告の証言を補強する供述と位置づけた。しかし、元秘書の証言は、村岡元長官からの指示の有無など肝心な部分はあいまいなまま。判決は「証言のほとんどが、日程表や手帳に記載されていることに限られ、そもそも具体的な記憶に基づかない証言であるとの疑いを払しょくできない」と指摘して、信用性を否定した。

 ■構図形成に失敗?

 「発覚当時、国会議員の身分を失っていた上杉元自治相及び被告の両名に限定されていることもやや不可解」。判決は、滝川元被告の証言で、幹部会での発言内容を示したのが村岡元長官と上杉光弘自治相だけという点にそう疑問を呈した。

 さらに、領収書の未発行が橋本元首相の意向である可能性や、自民党事務局長により処理された可能性を指摘。「1億円献金の不記載は事務局長を通して行われた」とした弁護側の仮説にさえ、「単なる憶測の域を超えたもの」とし、検察側の構図よりも優位に位置づけた。

 裁判で起訴されていない者について踏み込んで言及することは、刑事手続きの原則に反する可能性もある。にもかかわらず、判決が踏み込んだことに、ある元検察幹部は「証拠もないのに仮説に仮説を重ねている」と厳しく批判する。

 ただし、事件を巡っては、不記載を認識していた野中広務元幹事長を起訴猶予とするなど、当初から「なぜ村岡元長官だけ」との声もあった。調書のディール以前に検察側の描いた事件の構図そのものに問題はなかったのかが問われている。

 「国会議員の起訴=有罪」は、過去30年間にわたって積み重ねてきた検察の実績だ。ロッキード事件(76年)以降、30人以上の国会議員が起訴されたが、無罪判決を受けたのは撚糸工連事件(86年)の横手文雄・元民社党衆院議員に対する92年3月の東京高裁判決と、リクルート事件(89年)の藤波孝生・元官房長官に対する94年9月の東京地裁判決だけ。この2人も上級審で逆転判決が言い渡され、有罪が確定している。

 このうち、横手元議員への無罪判決は、今回同様、供述の信用性を否定したものだった。現金授受がガラス張りの飲食店で行われたとする贈賄側の供述を「わいろを渡すには適当な場所とは思えない」と判断するなどして無罪としたが、「今回はそうした主観的な判断で信用性を退けたのではなく、本質的な部分に踏み込んでいる」(法務・検察幹部)のが特徴だ。

 政治家を対象とした捜査への影響を心配する声もある。ある検察幹部は「この種の事件はどうしても供述に頼ることになるが、今後はもっと多くの『支え』を要求される。捜査に消極的にならなければいいが」と懸念を示す。特捜部経験のある元幹部は「2審もかなり厳しい。控訴趣意書を書くのに相当苦労するだろう」と表情を曇らせた。

 ◇永田町の関心薄く

 無罪判決は旧橋本派(現津島派)内の暗闘を浮き彫りにした。しかし、津島派は党内最大派閥から転落するなど、事件後に弱体化が進んでいる。自民党内も「事件で名前の挙がった人の大半が表舞台から消えている」(国対幹部)などと冷静に受け止めており、9月の党総裁選など当面の政局への影響は少ないとみられる。

 事件発覚時の派閥会長の橋本元首相は「道義的な責任は強く感じるが(自分は)法的責任は問われなかった」とのコメントを発表。滞在先の北京のホテルでは記者団に「(判決について語るのが)ここに来た理由ではない」と話すだけだった。

 津島派は前回の総裁選で、村岡元長官と野中元幹事長の対立を中心に分裂状態に陥った。裁判では団結力を誇った仲間同士が憎悪をむき出しにする場面もあったが、昨年12月に津島雄二元厚相を会長に担いで一本化した。同派幹部の片山虎之助参院幹事長は「気持ちの上では区切りがついている。(判決で)大きな影響はない」と語る。

 ただ、無罪判決には事件解明が不十分という意味もあり、党内には「むしろ事件の深奥がますます分からなくなった」(伊吹派中堅)との声もある。一方、野党は「疑惑はますます深まった」(鳩山由紀夫民主党幹事長)として改めて追及姿勢を見せている。

  ◆1億円裏献金事件を巡る経緯

<01年>

7・2 日本歯科医師連盟の臼田貞夫元会長が

    橋本龍太郎元首相、青木幹雄自民党

    院議員会長、野中広務元幹事長と会食

    し、1億円の小切手を渡す

<02年>

3・13 1億円の政治資金収支報告書への不記

    載を決定したとされる派閥幹部会

  29 滝川俊行・元会計責任者が1億円の献

    金を記載せずに旧橋本派の政治資金収

    支報告書を提出

<04年>

2・2 東京地検特捜部が日歯連などを別の政

    治資金規正法違反容疑で家宅捜索

7・14 旧橋本派が収支報告書を訂正

  15 旧橋本派への1億円裏献金が発覚

  30 橋本元首相が派閥会長を辞任

8・29 滝川元会計責任者を政治資金規正法

    反容疑で逮捕

  30 贈賄罪などで公判中の臼田元会長ら2

    人を政治資金規正法違反容疑で再逮捕

9・26 村岡元長官を政治資金規正法違反で在

    宅起訴。橋本元首相、青木会長は不起

    訴、野中元幹事長は起訴猶予処分に

11・30 橋本元首相衆院政治倫理審査会で1

    億円の小切手受領を認める

12・3 滝川元会計責任者に東京地裁が禁固10

    月、執行猶予4年の有罪判決

  14 村岡被告が初公判で無罪主張

<05年>

7・27 村岡被告の公判に上杉光弘自治相が

    証人出廷

9・27 青木会長が証人出廷

10・11 橋本元首相が証人出廷

  24 野中元幹事長が証人出廷

12・9 検察審査会の議決を受け再捜査してい

    た特捜部が再び橋本元首相、青木会長

    を不起訴、野中元幹事長を起訴猶予

<06年>

1・17 検察側が村岡被告に禁固1年を求刑

2・2 村岡被告側が無罪を主張し、結審

3・30 村岡被告に東京地裁が無罪判決
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20060331k0000m040181000c.html
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/feature/news/20060331ddm008040171000c.html
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20060329dde041040012000c.html
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/feature/news/20060331ddm041040085000c.html
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20060331ddm001040097000c.html
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20060331ddm003040066000c.html
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20060331ddm005070130000c.html